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2008年02月23日

岩国基地〜沖合移設について

今起こっている問題の解決策を生むには、一人一人がまず、過去にどんな事が起こったか知らねばなりません。
過去と言っても、合併前の住民投票から最近までの事ではありません。
戦後、岩国基地ができる頃から今までの歴史を、まず知る必要があります。
私は岩国に住んでますから、地元民からの視点で、参考リンクも交えて書きたいと思います。
他の地域にお住まいの方で、協力頂ける方がいらっしゃいましたら、ぜひ上にある連絡用メールフォームでご連絡ください。

今、岩国で最大の足かせとなっているのは、基地沖合移設計画と、愛宕山開発事業です。
以下のリンクは、戦後岩国基地が出来るまでの経緯と沖合移設計画について詳しく書かれていますので、ぜひ読んで下さい。
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー1 岩国基地沖合移設はなぜ『成功』したのか
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー2 岩国基地沖合移設運動1:日本的コンセンサスの形成
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー3 岩国基地沖合移設運動2:日本型陳情政治の展開
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー3 A案決定(1982年〜1992年)
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ーむすび


沖合移設計画が始まったのは、私が生まれて1年後ぐらいです。
基地の爆音に悩む基地周辺住民は、基地が沖合に移設する事によって、騒音が軽減される事を切に願いました。
しかし、協議はなかなか進まず、その後何十年も経ち、1997年にようやく工事が着工しました。
丁度同じ頃に宅地造成整備の話が決まった愛宕山を切り崩し、その土砂を沖合移設の埋め立ての為に使用しました。

ようやく市民の悲願の沖合移設工事が始まりましたが、数年後その計画にかげりが出てきました。
中国新聞「岩国基地〜厚木機能移転問題
IWAKUNI迫る爆音/深層を追う/[1]再編協議の裏側 「厚木の受け皿」日米着目

2003年に日米再建計画が持ち上がり、厚木基地からの空母艦載機移転をどこにするか、という時に、現在工事中の岩国基地沖合移設に移す話が持ち上がりました。
そして、宅地造成中に地価が下がって採算が取れなくなってきた愛宕山に、米軍住宅を建てる話も浮上しました。

元々沖合移設計画は、騒音軽減のためのものだったはず。
なのに、目的が騒音対策から空母艦載機を受け入れる基地に変わってしまいました。
空母艦載機の基地になると、騒音は逆に増えてしまいます。
これでは話が違う。
現在騒音訴訟が着々を準備を進められております。

この沖合移設と愛宕山造成の裏の顔が早くからわかっていれば、今の事態は防ぐ事が出来たのかもしれませんね。
posted by otoshi at 02:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岩国
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