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2008年02月29日

所信表明で移駐容認表明ー岩国

2/28の所信表明で、岩国の福田市長は、米軍再編計画に伴う厚木基地機能の
岩国基地への移駐容認表明をしました。
それを受けて、国は補助金の凍結を解除する宣言をしました。

福田市長は、当選後「移転反対の市民の意見も考えた上で判断する。」と名言して
ましたが、国の「年度末までが期限」という条件に乗ったのか、就任後2週間しての
スピード判断となりました。それには、反対派市民の声はまったく反映されてません。
現時点ではまだ表明という形だけで、市議会にかけ賛成多数を取るまでは、
本決まりではありません。
しかし、市議会議員は容認賛成派が過半数を占めており、3月の本議会で可決される事は
十分予想できます。
そして、国の素早い対応。
容認する意向を確実にとる目的の他、反対している自治体への見せしめのように見えます。

ここで特記したいのは、容認表明する時点で、具体的な機知機能強化の案、
容認するための条件の事前交渉、基地機能に伴う周辺地域への影響などについて
まったく触れていない事です。
岩国は今まで通り、国の要求するまま容認し、基地拡大し、補助金を得るというサイクルに戻りつつあるのです。

目に見える所では「これで岩国は活性化する」と喜んでいる人が多く見られます。
「給食費が無料になる」「医療費が無料になる」と喜んでいる人もいます。
先日市営バスを降りる時、老人優待パスを運転手に提示して「安くなったんでしょ?」と
真顔で尋ねる年配の女性がいました。
こういうので本当に生活はよくなるのでしょうか?

posted by otoshi at 23:55 | Comment(3) | TrackBack(0) | 岩国

在日米軍が米兵4人の審問開始ー岩国

昨年10月に起こった米兵による事件で、一旦はもみ消された形でしたが、
沖縄での事件を受けて再浮上、審問開始されました。
しかしこれは、必ずしも処罰の対象になるとは限らないようです。



どうも日本での世論が起こる事を恐れての処置という印象がぬぐい去れません。
また、容認派の候補が市長に当選した事もあってなのか?
起こってしまった事件もですが、事件が未然に防げるためのちゃんとした対策も
しっかりと対応して欲しいです。

posted by otoshi at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岩国

2008年02月26日

基地外居住者の規制厳格化へ

基地外居住者の規制を厳格化しただけで、果たして解決となるのでしょうか?
根本的な問題は、まったく別な所に潜んでいると思います。

posted by otoshi at 21:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 米軍基地

2008年02月23日

岩国基地〜沖合移設について

今起こっている問題の解決策を生むには、一人一人がまず、過去にどんな事が起こったか知らねばなりません。
過去と言っても、合併前の住民投票から最近までの事ではありません。
戦後、岩国基地ができる頃から今までの歴史を、まず知る必要があります。
私は岩国に住んでますから、地元民からの視点で、参考リンクも交えて書きたいと思います。
他の地域にお住まいの方で、協力頂ける方がいらっしゃいましたら、ぜひ上にある連絡用メールフォームでご連絡ください。

今、岩国で最大の足かせとなっているのは、基地沖合移設計画と、愛宕山開発事業です。
以下のリンクは、戦後岩国基地が出来るまでの経緯と沖合移設計画について詳しく書かれていますので、ぜひ読んで下さい。
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー1 岩国基地沖合移設はなぜ『成功』したのか
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー2 岩国基地沖合移設運動1:日本的コンセンサスの形成
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー3 岩国基地沖合移設運動2:日本型陳情政治の展開
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ー3 A案決定(1982年〜1992年)
アジア太平洋ネッ トワーク(NPA)より〜利益誘導型基地運動の登場ーむすび


沖合移設計画が始まったのは、私が生まれて1年後ぐらいです。
基地の爆音に悩む基地周辺住民は、基地が沖合に移設する事によって、騒音が軽減される事を切に願いました。
しかし、協議はなかなか進まず、その後何十年も経ち、1997年にようやく工事が着工しました。
丁度同じ頃に宅地造成整備の話が決まった愛宕山を切り崩し、その土砂を沖合移設の埋め立ての為に使用しました。

ようやく市民の悲願の沖合移設工事が始まりましたが、数年後その計画にかげりが出てきました。
中国新聞「岩国基地〜厚木機能移転問題
IWAKUNI迫る爆音/深層を追う/[1]再編協議の裏側 「厚木の受け皿」日米着目

2003年に日米再建計画が持ち上がり、厚木基地からの空母艦載機移転をどこにするか、という時に、現在工事中の岩国基地沖合移設に移す話が持ち上がりました。
そして、宅地造成中に地価が下がって採算が取れなくなってきた愛宕山に、米軍住宅を建てる話も浮上しました。

元々沖合移設計画は、騒音軽減のためのものだったはず。
なのに、目的が騒音対策から空母艦載機を受け入れる基地に変わってしまいました。
空母艦載機の基地になると、騒音は逆に増えてしまいます。
これでは話が違う。
現在騒音訴訟が着々を準備を進められております。

この沖合移設と愛宕山造成の裏の顔が早くからわかっていれば、今の事態は防ぐ事が出来たのかもしれませんね。

posted by otoshi at 02:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岩国

2008年02月21日

沖縄での事件について考える

岩国市長選挙の投開票日に、沖縄で米兵が女子中学生を暴行する事件が起こりました。
こういう事件はとても許せないことです。
いろいろな世論が巻き起こっていますが、私は、米兵が何か事件を起こしても、
主導権はアメリカにあること、日本の警察で処置する事ができない事が問題だと思います。
日本の若者や、米兵以外の外国人が事件を起こした場合、ニュースで公にならなくても
日本側で処置され、処罰されます。
しかし、米兵は法律で保護されていて、日本側で処罰する事は難しいのです。
そのうちに、事件は風化され、忘れられて行きます。
例えば誘いに乗ってとか、繁華街へ露出の高い服装をして出かけたりとかすれば、
このような事件に遭う確立が高いです。
それは、女性自身も注意しなければならない事だと思います。
問題は、婦女暴行以外でも、米兵が傷害事件や器物損壊事件を起こした場合、
身柄はアメリカに引き渡され、日本側で手が出せないことです。
「アメリカに守ってもらっているから、多少は目をつぶらないと」という話もあると
思いますが、治外法権といっても、日本はアメリカではないのですから、
外国の風土に従った行動をしてもらいたいと思います。

posted by otoshi at 11:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 普天間

2008年02月19日

容認賛成派意見の方に贈るメッセージ

基地「賛成」「反対」で分断されてしまった岩国市。
市長選挙の渦中にいた時、思いも寄らない多くの辛辣な書き込みに驚き、とまどいました。
選挙が終わってからも、何か言いたい気持ちはあるのに、言葉が見つからない。
そんな時ブログを探っていたら、pochiさんのA PLACE IN THE SUNというブログの中の「「やむを得ない」の正体は?−−「岩国市民の別のひとり」さんのコメントに答えて」という記事に辿り着きました。

それは、福田さんに投票した一人の方のコメントに対して書かれた記事ですが、
これを読んでいて、言いたい気持ちはあるけれど出てこなかった言葉が書かれてあって、
非常に共感を覚えました。

興味のある方は、リンク先の記事を読んでみて下さい。
お願いします。

posted by otoshi at 23:18 | Comment(2) | TrackBack(0) | 岩国

岩国市長選を振り返る(その2)

今回の市長選では基地容認、反対がほぼ二分されてしまった
結果には次のような事があげられると思う。


<新岩国、旧岩国の価値観の違い>

2006年3月20日、岩国は玖珂郡由宇町、玖珂町、本郷村、周東町、錦町、
美川町・美和町が合併し新しい岩国市となった。今回の選挙は
本来であれば空母艦載機の移転が争点だったはずである。しかしながら
今回の井原前市長と争った福田良彦新市長側は争点をずらし
経済問題を中心として争ってきた。住民の意識の差というのが
今回の選挙結果に出ていることは明白であろう。

私自身はどちらかといえば新たに岩国市となった郡部に近い
すまいである。岩国は基地の町というけれど私の住んでいるところには
ほとんど騒音もなければ、飛行機も飛ばない、米兵もほとんど
いないそんなのどかな場所です。今回合併した郡部はみな
私の住まいと変わらないだろう。しかし岩国の中心部、特に
川下地区にいってみるとどうだろう、米兵は多く、同じ岩国
なのに岩国とは思えない外人街のような街並み、米軍の
飛行気の離発着の騒音、治安も悪い、本当に川下地区に
住んでいるものにとっては大変な状況だ。そんな今の状況
以上に騒音をもたらすといわれている空母艦載機、夜間離発着訓練
なども行われ、移駐元の厚木の人たちでも到底容認できないほどの
騒音である。厚木の人間は決して、岩国に移駐するから
うれしいかといわれたら実際はそうでもないという。こんな思いを岩国に
させたくない、そう感じている人も多いのだ。
そんなものが岩国にやってくるんだから到底容認はできないのです。

しかし、被害を受けている地域以外のものは普段は自分は
苦しみも味わうこともない、だからそれならば地域振興に
お金を使ってもらえるほうがいい、それが郡部の意見のなかで
多いものだろう。しかし、本当はそんなことではいけないのだと
思う。対岸の火事ではいけないのだ、同じ岩国市民なのだから
苦しんでいる人たちがいるなら、ともに助け合っていける事が
理想ではあるのだが、現実にはそうはならなかった。もともと、合併
した当初から、郡部の基地問題に関する意識は旧市内と比べると
低いもので、また合併により望むものは地域振興など
そういったものだった。だからこそ、今回郡部の票が経済的な重点を
おいた福田新市長に流れたという見方が出来るのではないでしょうか。

(その3に続く)

posted by キムキム at 14:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岩国

岩国市長選を振り返る(その1)

空母艦載機移転に伴う2月10日の選挙により
岩国の民意は大きく二分されるという結果にいたった。
艦載機容認派でこの度当選した福田良彦氏は
47081票、反対派の井原勝介 元岩国市長は45299票
とわずか1782票と言う僅差で福田氏の当選となった。
しかし、なぜここまで岩国を二分するような状況に
いたってしまったのか、それを考えてみたい。


<いきさつ>

まず今回の選挙にいたった経緯を簡単に述べることとする。
アメリカが進めてきている在日米軍再編の中で2005年10月29日に
厚木基地に配属されている空母艦載機岩国基地に移駐させる計画が
浮上してきたことに始まる。また、この再編により
59機もの空母艦載機が岩国に移駐するということからも
私たち岩国市民にとっては大きな衝撃であった。岩国という街は
今までは基地と共存共栄をしてきた町であった。以前にも
空中給油機部隊(KC-130)の受け入れなどにも協力してきた
過去もあったが、今回の空母艦載機の移転は規模が大きすぎる
ため市民の安全を考えれば到底移駐は容認できないと井原勝介
前岩国市長は移駐反対を掲げたのです。しかしながら、今回の
艦載機移駐により経済支援を得ようと考えた市議会、商工会
などの抵抗にあい膠着状態に陥っていたのです。


このため井原前市長は、市民の民意を問うことでこの問題の
解決を図ることとしたのです。岩国市住民投票条例に基づき
2006年3月12日を投票日となりました。この住民投票は投票有資格者の
半数が投票しなければ有効とはされないと定められており
移駐容認の人々は住民投票自体の成立を阻止しようと投票に行かない運動を
行ったり、投票に行く、投票に行かないという間違った構図での
住民投票になってしまったのです。この住民投票の結果
投票率は全有資格者の58.68%となり、住民投票は成立。その上で、
空母艦載機受け入れに反対が43,433票となり、賛成5,369票
と反対が大きく上回った。これにより、井原勝介前市長は
岩国市民の民意は移駐反対にあるとし、以後反対を貫くこととなったのです。
しかし、この住民投票には難しい面もありました。岩国市はその当時
合併を控えておりこの投票には新岩国市民の意思が入っていない
ことからも今後に課題を残す結果になったのです。

2006年4月23日、新しい岩国になった最初の市長選挙において
移転容認の候補を破り、井原前市長が当選されました。その結果を受け
国は米軍再編をどうしても推し進めるためにとても卑劣な
行為に出たのです。岩国市は耐震などの問題から今ある市役所
を取り壊し、新しい庁舎を建設することとなっていました。それは
1996年の沖縄に関する特別行動委員会 (SACO)での合意、
簡単に言えばKC−130の受け入れを容認したことによって約束された
補助金(2005年より3年間)を2007年度予算に計上しない暴挙に
出たのです。これにより、岩国市は兵糧攻め状態になったのです。
これは国による地方自治体虐めの他ならない。岩国市庁舎の
建設工事は進むが、予算が支払われない、そこで井原前市長は
苦肉の策で合併特例債によりカットされた35億の穴埋めに
あて乗り切ろうと考え、予算を市議会に上げました。しかし
そこでもとんでもないことになりました。

国との交渉によりお金を持ってきたい市議会側はなんと
岩国市の600億円の予算を否決してしまったのです。
自分たちの思惑をとうそうとするためだけに
市民にとってとても大切な予算を人質にとって、
井原前市長を陥れようとした。最終的には井原前市長は
自分の首と引き換えにし予算を通してほしいと
辞職をし予算を通すこととなったのです。この井原前市長の辞職により
岩国を2分することとなった2008年2月10日の岩国市長選に
いたったのです。

(その2に続く)

posted by キムキム at 14:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 岩国

2008年02月15日

今回の岩国市長選挙について

2008年2月10日に山口県岩国市において、米軍再編計画の厚木基地機能移駐問題を争点にした、岩国市長選挙の投開票が行われ、僅差にて容認派の福田良彦氏が当選しました。

岩国は、戦後米軍基地が置かれてから、要求されるままに基地機能を受け入れてきました。
9.11テロ勃発後、米軍再編計画に伴い突然国から、事前に説明も連絡もないまま、現在の基地機能の2倍からなる規模の移駐容認を提示されました、
井原前市長は、具体的な説明もない状態での受け入れについて容認出来ないとし、何度も国との交渉の場を持とうとしましたが、移転反対の立場を取る前市長と、国は交渉の場を持とうとしませんでした。
すると今度は、SACOで普天間基地の空中空油機受け入れを条件に交付されていた、岩国新庁舎建設補助金の交付条件を、交付3年目に突然米軍再編計画に伴う基地整備に協力する自治体に交付する条件に変えてしまいました。

そもそも新庁舎建設と基地問題は、まったく別の話だったはず。
この補助金問題で、基地移駐反対意見が圧倒的に多かった民意は、少しずつ変わって行きました。
選挙時は移転反対意見が多かった市議会も、選挙後数ヶ月して容認意見に転じる議員が多数を占めるようになり、市長対市議会の構図も出てきました。
何より市民の安全・安心を考え、基地に頼らない地域経済を考える前市長と、反対しても国の要求は拒絶出来ないから、早いうちに容認してもらえるものはもらった方がいいという市議会。
突然新庁舎建設補助金交付を打ち切られた井原前市長は、市民の負担が少ない合併特例債を補助金の代わりに充てる提案を市議会に提示しましたが、4度も否決され、再び民意を問う為に2007年12月28日に辞職しました。

その後、選挙期間中まで、賛成派反対派支持者による激しい攻防が繰り広げられました。
賛成派は地元商業団体、企業からの応援が多くあり、いろいろな手法を駆使して「井原市政の9年間は悪政だった」等を強調し、福田氏が当選すれば5年以内に市内小中学校の耐震工事をやるとか、5000億円も1兆円ももらえるとか、「国とのパイプ」を強調するなどを書いたビラを大量にまきました。
反対派は、井原氏の掲げる「市民の安心・安全」の主張と、国のいいなりではない市民の声を反映した本当の意味での地方自治論などを掲げ、井原氏の主張を支持する個人、団体、議員、著名人が自然に集まり、草の根活動を展開しました。
しかし、賛成派の宣伝力の方が圧倒的に強く、加えて財政難などお金の問題によって、民意は「移駐容認してお金をもらう」方に傾きました。

今回の選挙結果で非常に残念なのは、岩国が抱える問題が争点になるはずなのに、特に井原氏に対してのあまりに理不尽な攻撃が多かった事、事実を客観的に判断する事なく、デマを真に受けて井原氏を敵視する若い人たちが多かった事、お金の問題で終始してしまった感がある事などです。

別に容認を支持する意見が悪いというのではありません。
事実を客観的に判断した結果、賛成意見、反対意見に分かれるのは、ごく当たり前の事です。
その結果、賛成意見が多数を占めたら、それを動かぬ事実として、何も抵抗なく受け入れられたと思うのです。
岩国が抱える問題は、いろいろな事が入り交じって難解なものになっています。
今回の選挙は、岩国だけでなく、全国にも影響する選挙だっただけに、こういう結果になってしまった事は非常に残念です。

posted by otoshi at 00:40 | Comment(6) | TrackBack(0) | 岩国

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